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一つの時代の終わり それでも日常は続いていく~寝台特急「なは」乗車記 [歩いて撮ろう(鉄道編)]

2008年3月15日。
この日は毎年やってくる、JR春のダイヤ改正の日。
新幹線N700系の増発、おおさか東線の開業など、華やかな話題がある一方で、
この改正では悲しいアナウンスが相次ぎました。
このブログでも紹介した、
大阪~東京間の寝台急行「銀河」、京都~長崎間の寝台特急「あかつき」
そして今回紹介する、京都~熊本を結ぶ寝台特急「なは」廃止です。

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「なは」として走るのは熊本~鳥栖間のみ

種子島での「秒速5センチメートル」ロケ地探訪を終え、
鹿児島から肥薩線経由で移動してきた(この模様はまたいずれ)熊本駅。
駅内は2011年の九州新幹線全通にそなえて、改装工事の真っ最中。
「なは」の入線する5番線の脇には、以前あった車両基地が取り壊され、
すでに新幹線の高架が立ち並んでいました。

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20時過ぎ、人影もまばらなホームに、赤いED76に牽かれて、
寝台特急「なは」は入線してきました。転職前の大旅行、
最後の旅路を飾る列車に、いよいよ乗り込みます。

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ホームはもっと鉄道ファンがあふれているかと思いきや、この日は閑散としていて拍子抜けでした

去りゆく伝統の寝台特急と、関西~九州を結ぶ新たな大動脈となる新幹線。
せめて新幹線開業まで、命長らえてほしかったのですが・・・。

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「なは」単独運行区間でも、ヘッドマークは「なは あかつき」
(このヘッドマークも先日盗難にあったようです)




24系25形を使用した編成は、以前併結相手の「あかつき」を
紹介したときにも書きましたが、塗装があちこち剥がれ落ち、満身創痍の状態。
廃止が濃厚になり、今さら手を入れるわけにもいかなかったんでしょうが。

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今回は普通きっぷで利用するため、3号車の個室(ソロ)に乗車

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方向幕も思いのほか汚れていました、それでも「京都」という文字を見ると安心します

長距離列車らしい長時間停車もなく、入線から10分足らずで「なは」は
出発の時を迎えました。20:14、定刻通り列車は動き出しました。

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最後尾に連結の電源車は、「なは」のために最後まで残った、カニ24初期型

車内はオレンジ色の照明と、木目調の内装のおかげで、
落ち着いた雰囲気が感じられました。個室配置は「富士・はやぶさ」と違い、
真ん中に通路があり、その両側に個室を配した、珍しいタイプ。
調べてみると、この方が定員を多くすることができるそうです。

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私がこの日選んだのは、見晴らしの良い上段個室。
個室に入る階段は非常に狭かったですが、内部の居住性は良好。
外観が本当にボロボロなので、心配していましたが、
私は「富士・はやぶさ」よりこちらの方が気に入りました。

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荷物を抱えたまま上がれないので、先に個室に荷物を放り込み、そのあとで乗り込みます

身長169㎝の私が、目一杯足を伸ばしても、まだ十分余裕がある個室。
その代わり中には、テレビやオーディオサービスなど、何にもありません。
ただ照明や空調を一括でコントロールできるパネルがあり、
寝ながらでも操作できるのは良かったです。「富士・はやぶさ」の個室の方が
よっぽど老朽化していたので、このまま廃車にしてしまうのは
もったいない気がしました。

*最終列車として熊本に着いた車両は、昨日廃車回送されたそうです。

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窓の外を流れる景色を眺めながら、
種子島の大衆焼酎「島乃光」と人吉駅の駅弁「栗めし」をいただきました


大牟田久留米と停車し、鹿児島本線を北上。
長崎本線との接続駅・鳥栖に到着したのは21:32。
「なは」として運行されるのはここまで。長崎からやってくる「あかつき」の
到着を待って併結、「なは・あかつき」となります。


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まずここまで「なは」を牽いてきてくれた、ED76 90号機が客車を置いて動き出します。
短かったですがお疲れ様でした。お父さんに連れられて乗車していた男の子が、
食い入るように切り離しの瞬間を見ていました。

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「あかつき」到着までまだ時間があるので、
編成を最後尾から順番に見ていくことにしました。

この日の編成は、京都方から順に、
オハネフ25-2209+スハネ25-2126+オハネ25-130+オハネフ25-211+カニ24-7 
でした。最後尾では、老兵のカニ24が、少ない乗客に電気を供給するため、
ディーゼル発電機をうならせていました。

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終点の京都まで、不眠不休で働き続けるカニ、ありがとう

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「あかつき」の到着を待つ、「なは」の連結器

やがて、留置線をはさんで向こう側にある、3番ホームに「あかつき」入線。
客扱いでドアを開けたあと、いったん走り出し、広い構内の留置線へ。
しばらくすると、ED76に押され、「あかつき」編成が推進運転で入線してきました。

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これから併結する相手がいったん夜の闇に消えていくのは、不思議な感じです

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私がヨメと夏に乗った「あかつき」5号車を先頭に入線

すでに夜も遅くなり、ひっそりとした鳥栖駅ですが、
「なは」と「あかつき」の併結シーンが繰り広げられる1番線だけは、ちょっとしたイベント状態。
両方の列車からファンが降りてきて、思い思いに写真を撮っていました。
夏に下り列車の分割シーンを見て以来、あのドキドキ感が忘れられませんでした。
作業員の方がブレーキホースを外す光景、車掌さん同士の引き継ぎの様子、
連結器の「ガッチャン」という乾いた音。
両列車が廃止された今も、
頭の中で鮮明に思い出します。

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この日はベテランと新人の車掌さんが「なは」を担当、ベテランさんが感慨深げに、
列車の併結を新人さんに解説している姿が印象的でした


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「なは」「あかつき」車掌さん同士の引き継ぎ、がんばれ新人さん

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子どもよりも夢中になって、併結シーンに見入る大人たち

無事併結を終え、静けさが戻った1番線。
22:07、「なは・あかつき」は京都へ向けて出発しました。
次に降りるのは終点の京都。この旅が終わる時です。

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ミネラルウォーターで割りながら、チビチビ楽しんでいた「島乃光」もなくなり、
照明を消して寝っ転がりました。空には満天の星、が見えたかどうかはうる覚えですが
(酔っぱらっていたので・・・)、窓から伝わってくる冷気と、クッションの感触が、
酔ったカラダには気持ちよかったです。気がつくと眠っていました。

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車掌さんが「おはよう放送」に続いて、朝早いにもかかわらず、
明石海峡の案内放送をしてくれました


朝6時半頃、車掌さんの案内放送で目がさめました。
東の空が朝焼けに染まっていました。平日の朝、街が目覚め始めていました。
熊本で買ったパンをかじりながら、通勤客で埋まる朝のホームを眺めました。

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三ノ宮、大阪、新大阪と停車し、少しずつお客さんを下ろしていきます。
見慣れた東海道本線の風景ですが、「なは」最後の旅路だと思うと、やはり切ない。
向日町で車両基地(京都総合運転所)が見えてきたときでしょうか、
なぜか涙があふれてとまらなくなってしまいました。

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このとき耳元で流れていたのは、奥華子さんの「やさしい花」

♪~ どこに向かえばいいのか 迷い探して歩いた日々
   君がくれた白い花が 何よりも優しく見えたんだ

   君が願う人になりたくて 僕はずっと歩いてきた
   
   愛する人を守れるように 人は生きてゆくのかな
   僕の未来に 僕の答えがあると信じている~(奥華子「やさしい花」より引用


これから始まろうとしている、新しい職場への不安でしょうか。
消えゆく「なは」の旅路が終わろうとしていることへの、感慨でしょうか。
念願だった種子島訪問を果たしたことで、感激したんでしょうか。

とにかくいろんな感情がごちゃ混ぜになって、コントロールできなくなりました。
こんなことは初めてでした。

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7:54、列車は定刻通り京都駅に到着。
ホームはスーツを着た通勤客で混み始めていました。
ヒンヤリした朝の空気が、涙で濡れた頬に少し痛かったです(恥)。

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この日のアンカーはEF66 49号機、ヘッドマークもこの日が見納めとなりました

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PENTAX-LXに残っていた最後のフィルムで撮影最近一眼デジカメを買ったので、
ひょっとするとこれがラストカットになるかもしれません

朝のラッシュの邪魔になるからでしょうか、停車時間も短く、「なは・あかつき」は
京都駅2番ホームから離れていきました。職場が向日町の近所になったので、
雪の日に遅れて東海道本線を走っていく姿を、後日一度だけ目にしました。

そして昨日3月15日。
前の日に熊本・長崎を出発した「なは・あかつき」は、
満員の乗客を無事運び終え、多くのファンに迎えられて、京都駅に到着。
その様子を見ることはできませんでしたが、大きな遅れも出さず、
最後まで関西~九州ブルトレの実力を見せてくれたに違いありません。

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ありがとう、そしてさようなら、ボロボロになりながら走り抜いた、君の雄姿は忘れない

3月15日をもって、40年以上に及ぶ関西発九州行き夜行列車の歴史に、
終止符が打たれました。
2011年に走り出す、九州直通の新幹線にバトンを渡して。
古びた寝台で、寝酒片手に流れゆくネオンを眺める旅はもうできませんが、
その思い出は大切にしていきたいと思います。

そしてこの旅も無事終了。翌週からは新しい職場で、忙しく働く日々が
始まりました。こんなに長い旅行は、この先もうできないかもしれませんが、
計画したことを無事成し遂げた喜びは、新しい仕事にも生きています。
寝台特急は、まだ京都駅から「日本海」「富士・はやぶさ」に乗ることはできます。
ただ客車の傷み具合から見て、両列車とも残された時間はあまりないと思われます。
機会があれば、あと1回ずつは乗ってみたいなあ。結局鉄道旅行はやめられませんね(笑)。

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運んだ人の数だけ、思い出を、喜びを、ときには悲しみを、
見つめ続けてきた列車。いつかは消えるとわかっていても、
変わらず走り続けてほしいと願う列車。
かつて沖縄返還の願いをこめて名付けられ、
激動した20世紀後半を、混沌とした21世紀初頭を駆け抜け、
今その役割を終えた「なは」。

同僚の列車たちも、次々と後を追うことになるでしょう。

一つの時代の終わり。

寂しいことですが、それでも日常は続いていく。
その日常の中でも、輝かしい列車達の思い出を色褪せさせず、
次の新しい時代へとつないでいく。
時代の終わりを見つめた者の、役割だと思っています(おわり)。

惜別、駆け抜けた寝台列車たち

惜別、駆け抜けた寝台列車たち

  • 出版社/メーカー: ビコム
  • メディア: DVD

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